昨夜はコモンカフェへライブを見にいった。
ホントは東京へ遊びに行くつもりだったのだが、今朝に仕事が入ってしまい、
東京行きを断念した矢先に出演者の”レーコどす”嬢からお誘いを頂いたのだ。
当日の音の出し物は「年下なのに先輩」の”レーコどす”嬢の琴と、
児島さんという奏者の方のテルミンによるライブで、これがとっても気持ちよかった。
琴とテルミンなんて取り合わせなどなかなか無い上に、これが絶妙のバランス。
それぞれの音が互いに音を出しながら、音としての立ち位置を変えていくのだ。
たとえばテルミンがバイオリンのように鳴れば、琴はヤンチンのように響き、
琴が野太く琵琶のように響けば、テルミンは胡弓のように高く鳴くといった具合。
こんなメタモルフォーゼが、一つの曲のなかで次々と起こるのだ。
もちろんこれは楽曲や楽器の特性だけじゃ決してなりたたなくて、
それぞれの奏者の素晴らしく豊かな表現力あってこその賜物なのだ。
しかし、今回のライブで一番すごいことは、こういった取り合わせの呼応が、
楽曲やこのライブ自体にまで現れていたことではないかと思う。
音と音が響きあうように、奏者と奏者が響きあい、オーディエンスもその響き楽しみ、
総じて会場そのものが震えていたような感じが一日たった今でもしているのだ。
体の中にまだ少し残響が残っている感じがする。
今回、こうした妙なる共鳴の場に思いもよらず巡り会えた自分にも、
少しは響きあいのサイノーがあったのかしらん?などと思ったりしつつ、
隠し録りのモノラル音源を聴き返している次第。